刺激策: 名前の力

ちょっと古いですが,オバマの財政政策についての記事をDavid Friedmanのブログから.

うまく付けられた名前は,その結論を仮定することによって議論に勝つ.外国への助成金に「海外援助」というラベルを貼れば,それに反対できるような人間はいなくなる.公立校への助成金を「教育支援」と呼べば,新たなお金を公立校に費すことが教育にとって良いことなのかどうかという疑問は巧妙に回避されてしまう.何かに「公害」という名前を付けると,それが悪いことであるという証拠を示す必要は無くなる.なぜならば誰もが公害は悪いと知っているからである.たとえそれが温水を意味する「熱公害」であったとしてもだ.ときに,名前同士が衝突することもある.「生存権(中絶反対)」も「選択権(中絶賛成)」もどちらも明らかに良いことである.どちらかに反対するということができるだろうか?


もっと最近の事例として,オバマの経済政策を考えてみる.誰もが,大統領に立候補したときのオバマも含めて,赤字財政支出に反対している.だがそれに「刺激策」という新たなラベルを付けると,誰もがそれに賛成するのだ.そのラベルは,政府にお金を借りてそれを使わせることが本当に景気後退からの脱出方法となるのか,という疑問を巧妙にごまかしている.その証拠を求める声は明らかに少ない.刺激策なのだから,明らかに刺激するはずなのだ.


一般市民の間で,新たなラベル付けが成功しているのは驚くべきことではない.驚きなのは,全てではないにしても,多くの経済のプロが突然1960年代のケインズ主義を金科玉条のごとく受け入れたことである.それはほとんどのプロたちが数十年前には否定したことなのに.誰もが,赤字財政支出が失業を減らす一つの方法であり,そして実際には唯一の方法であり,その理論の中心として推奨されるものだと語る.


無論一つの説明は,政府支出は人気があり,課税は人気が無いということだ.ゆえに,赤字財政を問題から解答へと転換する議論は,自然と多くの支持者を生むことになる.しかし,それが話の全てではない.


別の側面は,信用収縮は,ケインジアンたちが不況の原因とみなせるであろうと期待していたものとの同族的類似をもたらすように見えることだ.利子率が低いため,投資するよりもお金を持っていることの方が意味があり,よって需要は減少し,流動性の罠に陥る経済に起因して全てがスパイラル的に下がり,不完全雇用均衡に陥る.彼らが提示する解決策は,財政政策だ.政府が,マットレスの下に貯められていたお金を借りてそれを使い,もういちど物事をうまくいかせるのである.


しかしながら,そこには,現状の説明に一つの小さな問題がある.ケインジアンによる流動性の罠は,投資機会の枯渇によるものであるとみなされていた.資本によって行われるべき生産的な物事は全て行われてしまい,企業は取るに足らない報酬しか投資家に与えたがらず,したがって誰も投資しようなどとは思わない,という状況だ.


この話は,今実際に起こっていることとは何の関係も無い.企業はお金を借りて投資したくて仕方がないのだ.問題は我々が投資機会を使い果たしてしまったことではなく,貸し手が,どの借り手を,あるいはどの仲介者を信じるべきかが,住宅バブルの崩壊に引き起こされた資本市場の機能不良によってわからなくなったことだ.機能不良の責任は誰にあるのかという議論はできるし,それに対してどうするかを議論することもできる.だが誰の責任であろうと,それは流動性の罠ではないし,50年前の経済教理を甦らせる理由にはならない.


「刺激策」提案の第一ラウンドは,欠陥があったとしても,実際の問題への対処として擁護可能だった.貸し手は誰を信頼してよいのかわからなかったが,連邦政府は信頼したからだ.だから政府に彼らからお金を借りさせ,資本を必要としていた企業に貸し出させ,それらの企業が資本市場の一時的なフリーズによって崩壊することを防げばよい.懐疑論者は資本分配に対する政府の能力に疑問を呈するかもしれないが,少なくともその政策は,資本を分配しようとする試みとして捉えることはできた.


だが,現在の提案をそのように擁護することはできない.それは,単に非常に大量のお金を借りてそれを使う,というだけだからだ.企業がお金を借りる能力がそれによって何らかの影響を受けるとすれば,お金を借りることが困難になるという影響であろう.なぜならば,公的な借金は,私的な借金と競合するからだ.赤字財政支出へ資金供給するために政府保証に費やした私の1ドルは,私が私的企業に投資しなかった1ドルなのだ.

Ideas: Stimulus: The Power of Names

オバマの財政政策,というか,そもそも今回の危機への対策として政府支出ではうまくいかない,という理由の分析がされています.

それが正しいかどうかはわかりませんが,一方でオバマの財政政策はきかない - 池田信夫 blogで紹介されているような話もあります.

そこで引用されている部分も訳しておきます.

We find that models currently being used in practice to evaluate fiscal policy stimulus proposals are not robust. Government spending multipliers in an alternative empirically-estimated and widely-cited new Keynesian model are much smaller than in these old Keynesian models; the estimated stimulus is extremely small with GDP and employment effects only one-sixth as large and with private sector employment impacts likely to be even smaller.


現在財政刺激政策の評価に実際に利用されているモデルはロバストではないことがわかった.実証的に評価され,広く引用されている別の新しいケインジアンモデルにおける政府支出の乗数効果は,それらの古いケインジアンモデルよりも大幅に小さい.GDPと雇用効果への推定される刺激はわずか1/6と極端に小さく,また民間雇用へのインパクトはさらに小さくなり得る.

オバマの財政政策はきかない - 池田信夫 blog