「英語で考える」とはどういうことか
英語を使うときは,「英語で考える」ことができなければいけない,とよく言われます*1.「英語で考える」とは,英語を使うときに日本語を意識に上らせないということでしょう.認知科学で言うところの自動化が達成されている状態です.
さてそれはどういう状態なのかというと,例えば「dog」という単語を聞いて「犬」という日本語を思い浮かべるのではなくて,「犬」が指し示すイメージ,すなわち四本足でワンと鳴くあの動物が頭に即座に浮かぶ状態である,という風によく説明されます.
dogというのはとても簡単な単語なので,これはわかりやすい.私も以前はこの説明で納得していて,要は自分にとって「dog」並みに簡単だと思える単語なり表現なりをどんどん増やしていけばいいのだろう,そうすれば「英語で考える」ことができるに違いないと単純に思っていました.
ですがまともに英語を勉強し始めて,上の説明は正確でなく,それだけでは足りないのだということに気づきました.
英語の「dog」が指し示すものと日本語の「犬」が指し示すものは必ずしも(と言うより決して)一致しないのです.
これを「リンゴ」で説明しているコラムが「一分間に二〇〇語の英文を読めますか?―リーディングで鍛えるリスニング (角川oneテーマ21)」という書籍にありました.わかりやすいので引用します.
英語で英語を理解する?
英語の単語と日本語の単語が,完全に同じ語彙であるということはありません.例えば英語の「apple」に一番近い日本語は「リンゴ」ですが,ネイティブがappleに対してもっているイメージと,日本人のリンゴのイメージは実は結構異なります.英語のappleは赤だけでなく,緑色のものも多いのです(ビートルズのアップル・レコードのロゴマークは緑色のリンゴです).日本ではどうしても「真っ赤」というイメージになるのではないでしょうか? 「apple」イコール「リンゴ」,という図式から離れない限り,appleに対してネイティブが抱いているイメージは掴めません.
言語を学ぶことは文化を学ぶことにほかなりません.ネイティブの感じ方を理解できるようになれば,その人の言語運用能力はかなりのレベルに達していると言えるはずです.
我々が「雪」と一言で済ませてしまうものに対して,エスキモーは複数の呼び名を使い分けているとか,言語が思考を決定するとか,そういう話を知識としては知っていましたが*2,dogやappleという私にとって非常に簡単に思える単語でもそうなのだ,と自分の頭の中で日々実感しています*3.
ちなみに「dog」には,たとえば「雄狐」という意味があります.日本語の「犬」からは決して想像できないイメージですね.
一分間に二〇〇語の英文を読めますか?―リーディングで鍛えるリスニング (角川oneテーマ21)
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